なぜ、私は空手を教えているのか

時々、

「なぜ空手をしているのですか?」

「なぜ道場を開いたんですか?」

と聞かれることがあります。

私は現在、トレーニングジムも運営しています。

ヨガスタジオも運営しています。

トレーナーとしても活動しています。

では、なぜ今さら空手道場なのか。

その答えは意外とシンプルです。

私が一番得意なことだからです。

世の中には私より筋肉が大きい人はたくさんいます。

私より重い重量を持ち上げる人もたくさんいます。

パワーリフティングの選手もいます。

ボディビルダーもいます。

ウエイトリフターもいます。

トレーナーとして優秀な人もたくさんいます。

私より知識がある人もいるでしょう。

経験がある人もいるでしょう。

でも、空手という分野で考えると、私は多くの人より大きな価値を提供できる自信があります。

もちろん全国にはもっと強い人もいます。

もっと優れた指導者もいると思います。

ただ、私自身がこれまでの人生で一番長く真剣に取り組んできたのは空手であり、最も社会に貢献できる分野だと思っています。

だから教えています。

私は空手が特別なスポーツだとは思っていません。

ここは誤解しないでいただきたいところです。

例えば、

「空手をやれば礼儀が身につく」

と言われることがあります。

確かにそういう部分はあります。

でも野球では礼儀が身につかないのでしょうか。

サッカーでは身につかないのでしょうか。

私はそうは思いません。

良い指導者であれば、どんなスポーツでも礼儀は教えられます。

努力することも教えられます。

協調性も教えられます。

空手だけが特別ではありませんし、むしろ優れた指導者は他の競技に多いと思います。

ただ空手には空手の良さがあります。

その一つが、強さそのものを扱うことです。

私は昔から強さに憧れてきました。

今でもそうです。

だから空手を続けています。

もう一つ、空手には独特の仕組みがあります。

帯・級制度です。

私はこの帯制度は本当によくできた仕組みだと思っています。

指導者側から見ても昇級審査や昇段審査料としての収入的なメリットもあります。

でも私はそれ以上に、教育的な価値が大きいと思っています。

例えば10級から始まって、

9級、

8級、

7級と進んでいきます。

一気に黒帯を目指すわけではありません。

小さな目標がたくさんあり、一つずつ達成していきます。

私は人生も同じだと思っています。

いきなり大きな目標は達成できません。

仕事もそう、勉強もそう。

少しずつ積み重ねていくしかありません。

目の前の小さな目標を設定し、それをクリアしながら成長していく。

空手はそれを学びやすい仕組みになっています。

だから私は黒帯にも価値があると思っています。

ただ、

黒帯を強さの証明だとは思っていません。

黒帯は人間性の証明に近いと思っています。

そこまで続けたこと。

途中で辞めなかったこと。

努力を続けたこと。

そういう意味で価値があると思っています。

だから私は、

黒帯が偉いとは思いません。

黒帯にも色々な人がいます。

尊敬できる人もいます。

そうでない人もいます。

でも、

黒帯を目指して努力することには価値があると思っています。

私は元々警察官でした。

その後、トレーナーになりました。

ジムも経営しています。

ヨガも教えています。

色々な世界を見てきました。

だからこそ、空手だけが人生ではない、ということを声を大にしていいたいのです。

これは空手界に対する私の違和感でもあります。

空手の世界には、空手だけを教える指導者がたくさんいます。

試合で勝てばいい、空手が強ければいいと。

それ自体は悪いことではありません。

ただ、

空手だけが人生になってしまうと視野が狭くなりがちです。

「私は空手の先生だ!君たちは生徒だから私のいうことを聞きなさい」

そういう勘違いをしている人も少なからずいます。

空手なんて、趣味の世界の一つにすぎません。

全然偉くなんてありません。

「空手至上主義」私はそれが嫌です。

学生であれば勉強の方が大切です。

社会人であれば、仕事や家庭が大切です。

社会との関わりも大切です。

その中の一つとして空手がある、それくらいでちょうどいいと思います。

私はそう考えています。

だから生徒たちにも、

空手家になってほしいとは思っていません。

もちろん好きになってくれたら嬉しいです。

続けてくれたらもっと嬉しいです。

でも一番は、

社会の中でしっかり生きていける人になってほしいと思っています。

空手で培った精神で人生で成功してほしい。

私はそう思っています。